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大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)61号 判決

大阪市住吉区我孫子町四丁目六五番地

原告

溝部浅治郎

右訴訟代理人弁護士

河島徳太郎

右訴訟復代理人弁護士

安野一孝

大阪市住吉区福吉町一八一番地

被告

住吉税務署長

佐伯正

大阪市東区大手前之町

被告

大阪国税局長

高木文雄

被告両名指定代理人検事

樋口哲夫

同法務事務官

風見源吉郎

同大蔵事務官

藤原末三

同大蔵事務官

本野昌樹

右当事者間の昭和四〇年(行ウ)第六一号所得税更正および加算税賦課決定等取消請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

一、被告住吉税務署長が、亡溝部チエの相続人たる原告に対し、昭和三九年七月一七日付で、昭和三六年度分の所得税につき、その所得金額を金八、〇七一、一〇〇円、所得税額を金三、二二三、〇五〇円としてなした決定および無申告加算税の賦課決定は、これを取消す。

二、被告大阪国税局長が、昭和四〇年四月二七日付でなした右各決定に対する審査請求を棄却する旨の裁決は、これを取消す。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決。

(被告ら)

主文同旨の判決。

第二、主張

(原告の請求原因)

一、被告住吉税務署長(以下単に被告署長という)は、昭和三九年七月一七日、原告の被相続人訴外亡溝部チエ(以下単にチエという)の昭和三六年度分の所得税について、課税所得金額を金八、〇七一、一〇〇円、所得税額を金三、二二三、〇五〇円とする決定ならびに無申告加算税額を金八〇五、七五〇円とする賦課決定をなし、これをチエの相続人たる原告(以下単に原告という)に通知した。

二、これに対し、原告は同年八月九日被告署長に対し右各処分について異議の申立をしたところ、同被告は同年一一月七日これを棄却する旨の決定をなしそのころこれを原告に通知したので原告は同年一一月二〇日被告大阪国税局長(以下単に被告局長という)に対し審査請求をしたが、同被告は、昭和四〇年四月二七日これを棄却する旨の裁決をなし、そのころ原告に通知した。

三、しかしながら被告らの右各処分は違法であるからその取消を求める。

(被告両名の答弁と主張)

一、請求原因一、二の事実は全部認めるも、三の主張は争う。

二、被告署長の本件決定処分は次の理由により適法である。

(一) チエは昭和三六年一月一二日同人所有の(イ)大阪市住吉区我孫子東町三丁目一七番地所在、田一、四一四、八七平方メートル(一反四畝八歩)以下(単にA土地という)のうち南側半分の七〇七・四三平方メートル(七畝四歩)(以下単に本件土地という)を代金一、五〇〇万円で訴外株式会社あびこ会館(以下単にあびこ会館という)に譲渡し、(ロ)右A土地の残り北側半分の土地七〇七・四三平方メートル(七畝四歩)(以下単にB土地という)をチエの長男たる訴外溝部元七(以下単に元七という)に贈与した。

(二)(1) そこで被告署長は右(一)(イ)の譲渡についてはその代金一、五〇〇万円を譲渡価額とし、(一)(ロ)の贈与については、昭和三六年当時施行の旧所得税法(以下単に所得税法というときは右の旧所得税法を指すものとする)第五条の二の規定により譲渡があつたものとみなし、その譲渡価額を金二、二七六、九六〇円と算定し、結局本件土地およびB土地の譲渡価額の合計額は金一七、二七六、九六〇円となつた。

(2) ところで本件土地およびB土地の再評価後の取得価額はいずれも金二七、三六〇円であり、チエは本件土地について譲渡経費金七五〇、〇〇〇円を支出しているので、以上合計額金八〇四、七二〇円を前記譲渡価額から控除すると、譲渡益は金一六、四七二、二四〇円となる。

(3) よつて右金額より所得税法第九条第一項所定の特別控除額金一五〇、〇〇〇円を差し引き、これに十分の五を乗ずると、譲渡所得金額は金八、一六一、一二〇円となる。

(4) よつて右譲渡所得金額より所得税法第一二条所定の基礎控除金九〇、〇〇〇円を差し引くと、課税標準たる所得金額は金八、〇七一、一二〇円となり、これに所定の税率を適用すると、その税額は金三、二二三、〇五〇円となる。

叙上の次第で被告署長の本件決定およびこれにもとづく無申告加算税賦課決定は適法になされたものである。

(原告の認否と反論)

一、被告主張二の(一)の事実のうち、チエが昭和三六年一月一二日に同人所有のB土地を元七に贈与したこと、本件土地の所有権をあびこ会館に移転したこと、チエがあびこ会館から金一、五〇〇万円を預託されたことは認める。

二、しかしながら右金員は後述のごとく損害賠償金として受領したものであつて、本件土地の売買代金として受領したものではない。その経緯は左のとおりである。

(一) 元七は昭和三四年一二月一〇日、チエの印影を偽造して、訴外大阪府知事に対し、当時農地であつたA土地の転用許可申請をなし、昭和三五年一月二九日その許可を得て、恣にA土地をあびこ会館に譲渡した。同年二月頃からあびこ会館は訴外株式会社大末組(以下単に大末組という)に請負わしてA土地の一部とこれに東接する土地上にまたがつて鉄筋コンクリート四階建の建物の建築にかかつた。

(二) よつてチエおよび原告はA土地のあびこ会館への所有権移転登記を防止するため、右土地につき大阪法務局中野出張所昭和三五年二月二七日受付第四六六三号原因同年同月二六日売買予約、権利者原告とする所有権移転請求権保全の仮登記をなした。

(三) さらにチエおよび原告は訴外弁護士河島徳太郎に対し、A地上等に建築中の建物の収去とA土地の明渡を求めるための訴訟の提起等を依頼したところ、同弁護士はA土地とひきかえにこれと等価値の交換土地をあびこ会館から取得するのが穏当であると主張したため、チエらはやむなくこれに従うこととし、右交換土地の取得につきあびこ会館と交渉することを同弁護士に委任し、爾来同弁護士はあびこ会館および建築請負人たる大末組らと種々交渉したが容易に妥結するに至らなかつた。

(四) しかるにあびこ会館は昭和三五年七月四日大阪簡易裁判所に対し、チエを被告としてA土地の所有権移転登記手続請求訴訟を提起し、右訴訟は大阪地方裁判所に移送され、同庁昭和三五年(ワ)第四四八一号事件として係属した。よつてチエは昭和三五年一〇月二四日あびこ会館を反訴被告としてA土地がチエの所有であること等の確認を求める反訴を提起し、同年(ワ)第四五〇二号として係属した。

(五) しかして右訴訟係属後もチエの代理人河島弁護士とあびこ会館、大末組との折衝が続けられた結果、昭和三六年一月一二日漸く元七および原告を和解参加人としてチエとあびこ会館との間に、左のような訴訟上の和解が成立した。その要旨は〈1〉あびこ会館は、A土地がチエの所有であり、右地上に建物を築造して不法に占拠していることを確認する。〈2〉あびこ会館は本件土地の時価を金一、五〇〇万円と見積り、その交換土地として大阪市住吉区我孫子町東三丁目又は四丁目に存在する瑕疵のない等価値の田地の所有権を取得して、これをチエに移転する、もしあびこ会館が交換田地を取得することができないため右の履行をすることができない場合はチエに対し損害賠償として金一、五〇〇万円を支払うこと、〈3〉あびこ会館はチエに対し交換田地の取得代金又は損害賠償金の引当金として金一、五〇〇万円を預託する。この預託金が交換田地の取得代金に使用されなお残額があるときはチエがこれを取得すること、〈4〉チエは右預託金を受領したときは本件土地の所有権をあびこ会館に移転し、B土地を元七に贈与し、さらに右両土地を合せてあびこ会館への所有権移転登記を了すること、〈5〉あびこ会館がチエに対し交換田地を昭和三六年四月四日までに移転することができない場合には田地の交換をやめてチエは預託されている金一、五〇〇万円を損害賠償金に充当する、ということである。しかしてあびこ会館は右和解条項にもとづき、昭和三六年一月一二日、金一、五〇〇万円をチエに預託しチエはこれを受領したので本件土地の所有権をあびこ会館に移転し、B土地を元七に贈与して右各土地を合せてあびこ会館への所有権移転登記手続を了した。

(六) しかるにあびこ会館は昭和三六年四月五日にいたるも前記交換契約を履行しなかつたので、前記和解により預託を受けた金一、五〇〇万円は同日チエに対する右交換契約の履行に代る損害賠償金としてチエが受領するはずであつたが、同人はこれに先立つ昭和三六年三月九日に死亡していたのでその相続人兼受遺者である原告が損害賠償金としてこれを受領した。

(七) しかして右金一、五〇〇万円は所得税法第六条第一二号所定の「損害賠償により取得するもの」に該当するから非課税所得である。従つて被告署長のなした本件所得税の決定無申告加算税の賦課決定はいずれも違法であつて取消を免れ得ない。なおまた、このような違法な決定および賦課決定を正当として維持した被告局長の裁決もまた取消さるべきである。

(右反論に対する被告の認否と反駁)

一、原告主張二の(一)の事実のうち、訴外大阪府知事が昭和三五年一月二九日A土地につき農地法第五条の規定による転用の許可をした事実は認めるがその余の事実は不知。

二、同二の(二)、(三)の事実は不知。

三、同二の(四)、(五)の事実は認める。

四、同二の(六)の事実のうち、原告が受領した金一、五〇〇万円が損害賠償金であるとの点は争い、その余の事実は認める。

五、同二の(七)の主張は争う。

六、原告の受領した金一、五〇〇万円は損害賠償金ではない。すなわち、本件土地についての前記和解成立日の翌日たる昭和三六年一月一三日にチエよりあびこ会館に本件土地の所有権移転登記が経由されていること、本件土地を金一、五〇〇万円と見積つていること、ならびに一応預託金とされた右一、五〇〇万円が交換土地が取得されたときはその取得代金に使用され、なお残額があるときはチエがこれを取得するとされている事実に徴すると、右金員の実質は明らかに本件土地に対する対価すなわち譲渡代金というべきである。

第三、証拠

(原告)

甲第一号証の一ないし四、同第二ないし第八号証を提出し、証人山本末男、同河島徳太郎の各証言および原告本人尋問の結果を各援用した。

(被告ら)

甲号各証の成立を認めた。

理由

第一、被告署長に対する請求について

一、請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

二、よつて本件課税の適否につき判断する。

ところで、訴外大阪府知事が昭和三五年一月二九日A土地につき農地法第五条の規定による転用許可をしたこと、昭和三六年一月一二日当時大阪地方裁判所にあびこ会館を原告、チエを被告とするA土地の所有権移転登記手続請求訴訟が同庁昭和三五年(ワ)第四四八一号事件として、あびこ会館を反訴被告、チエを反訴原告とするA土地の所有権確認の反訴が同庁同年(ワ)第四五〇二号事件として係属していたこと、同事件に関連して、昭和三六年一月一二日同庁において、元七及び原告を和解参加人として、原告主張の如き内容(条項)の裁判上の和解が成立したこと、右和解にもとづき同日あびこ会館が金一、五〇〇万円をチエに預託し、チエはこれを受領したので本件土地の所有権をあびこ会館に移転し、B土地を元七に贈与し右各土地を合せてあびこ会館への所有権移転登記手続を了したこと、あびこ会館は昭和三六年四月五日にいたるも交換田地の所有権をチエに移転し得なかつたので右和解にもとづき預託金としてチエが受領していた金一、五〇〇万円はそのままチエの所得に帰属すべきものとなつたこと、はいずれも当事者間に争のないところである。しかしチエに帰属すべき右金一、五〇〇万円につき、被告は本件土地の対価すなわち譲渡代金であると主張し、原告は、あびこ会館が和解による交換田地をその約定期日までにチエに移転し得なかつたことによるその履行に代る損害賠償金として原告に支払つたものであると主張するのである。

(一)  成立に争いない甲第一号証の一ないし四、同第二、三号証、証人河島徳太郎、同山本末男の各証言、原告本人尋問の結果および右の当事者間に争のない事実と弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。すなわち、元七は昭和三四年一二月一〇日ごろチエの印影を偽造し、訴外大阪府知事に対し、当時農地であつたチエ所有のA土地の転用申請をなし、昭和三五年一月二九日その許可を得て恣にA土地をあびこ会館に譲渡し、あびこ会館はA土地ならびに右土地の東側に隣接する土地上に鉄筋コンクリート造四階建建物一棟を建築することとし、右建築を大末組に請負わせ、右大末組は昭和三五年二月ごろその建築工事に着手したところ、チエおよび原告は右建築のコンクリート基礎工事がほぼでき上つた同月末ごろに、右建築工事のなされている事実および元七のA土地のあびこ会館への無断譲渡の事実を知つて憤慨し、A土地につき、権利者を原告とする原告主張のような所有権移転請求権保全の仮登記をし、さらに弁護士河島徳太郎に対し元七の告訴および前記建築物の収去と土地の明渡の訴提起等を依頼したが同弁護士はこの事件の性質(親族間の事件)、不経済性(建物の収去明渡)などの見地からA土地と相似する交換土地をあびこ会館から取得するようにして解決するのが穏善の方法であるとしようようしたので、チエらはやむなくこれに従うこととし、右交換土地の取得につきあびこ会館等と交渉することを同弁護士に依頼した。よつて同弁護士は右依頼にもとづき、あびこ会館および大末組の代表者らと種々折衝したが容易に交渉がまとまらなかつたところ、あびこ会館は昭和三五年七月四日大阪簡易裁判所にチエを被告としてA土地の所有権移転登記手続請求訴訟を提起し、右訴訟は大阪地方裁判所に移送され、同庁昭和三五年(ワ)第四四八一号事件として第三民事部に係属し、一方チエは昭和三五年一〇月二四日あびこ会館を反訴被告として右土地がチエの所有であること等の確認を求める反訴を提起し、同年(ワ)第四五〇二号として前同部に係属するに至つた。

その後も両者の間で種々折衝が重ねられその際チエは老農婦として土地への強い執着をたちがたく、相当の対価によりA土地の譲渡を望むあびこ会館の強い要望を再三にわたり拒みつづけて来たところ、昭和三六年一月一二日大阪地方裁判所において原告および元七を和解参加人としてあびこ会館とチエとの間に、原告が主張する如き内容(条項)の裁判上の和解が成立したこと、右和解条項にもとづいて同日あびこ会館は交換田地の取得代金または損害賠償金の引当金として金一、五〇〇万円をチエに対し預託した、チエは右の預託金一、五〇〇万円を受領したので翌一三日本件土地およびすでに元七に贈与したB土地を合せてあびこ会館への所有権移転登記手続を了したこと、しかるにあびこ会館は右約定期限たる昭和三六年四月五日までに交換田地を取得できず、従つてこれをチエに移転しなかつたために、和解条項にもとづき自然田地の交換はとりやめとなり右金一、五〇〇万円は交換田地に代る損害賠償金に充当されるに至つたこと、チエはこれよりさきの昭和三六年三月九日に死亡していたのでその相続人兼受遺者である原告がチエの右の地位を承継取得したこと。右認定に反する証拠はない。

(二)  右認定事実によると、チエの所有であつたA土地(本件土地およびB土地)はその長男元七により無断であびこ会館に譲渡され、あびこ会館はこれを不法に占有し、その隣接地にまたがつて鉄筋コンクリート四階建を建築したというのであるからそのこと自体からしてチエは直ちに本件土地の所有権を失うものではなく、その所有権に基づいて本件土地の明渡を求め得た筈である、また、損害賠償として、その使用収益を妨げられたことによつて蒙つた損害建物の存することによる地価額の減少損、慰藉料などをも請求し得た筈である。しかし本件が親族に関連する事件であるとか、建物収去土地明渡が不経済であることなどを種々考慮してこれらの損害賠償、建物収去、土地明渡などは直接の問題とせずに、昭和三六年一月一二日裁判上の和解という解決策をとらざるを得なかつたというのである。なお右和解条項に基づいて、あびこ会館は本件土地の時価を金一、五〇〇万円と見積り、これに見合う田地(交換田地)を昭和三六年四月五日までに取得してその所有権をチエに移転するための交換田地の取得代金、右期日までにこれを移転し得ないときにこれに代り支払うべき損害賠償金の引当金として金一、五〇〇万円を昭和三六年一月一二日チエに対して預託した、チエはこの預託金を受領したので、本件土地の所有権をあびこ会館に移転しB土地と合わせてその翌一三日あびこ会館に所有権移転登記手続を了した。ところが右期日までに交換田地の取得移転ができなかつたので田地交換は自然とりやめとなり右金一、五〇〇万円はそのまま交換田地に代る損害賠償金に充てられることになつたというのである。これ、要するに、その実態は、チエにおいて本件土地をあびこ会館に譲渡してそれと等価に立つ交換田地を取得することであつたが、それが出来なかつたため交換田地の代りに本件土地の時価に匹敵する金一、五〇〇万円を得たことに帰着する。交換田地を取得すること、それ自体が本件土地の譲渡による所得である。従つて交換田地の代りに金一、五〇〇万円を得ることもまた本件土地の譲渡による所得であるといわざるを得ない。

ところで、所得税法第六条一二号によると……法で別に定めているもの例へば傷害保険契約又は損害保険契約に基き支払を受ける保険金、慰藉料等を別として……「損害賠償により取得するもの」は非課税所得とされている。その理由は、損害賠償が他人の蒙つた損害を填補し損害のないのと同じ状態にしようとすることにあつて、その間に所得の観念を入れることが酷である場合の存することによるものである。だから損害賠償といつたところで、そのすべてが非課税所得ということはできない。本来所得となるべきもの、又は、得べかりし利益を喪失(不法行為若しくは債務不履行によつて)した場合にこれが賠償されるときは、損害賠償と称してはいるが喪失した所得(利益)が填補されるという意味においてその実質は所得(利益)を得たと同一の結果に帰着するから、このような場合はここにいう非課税所得といい得ないものと解するのが相当である。本件にあつては前記の如く、金一、五〇〇万円は交換田地に代る損害賠償だといつているにしてもその実質は、本来所得となるべき交換田地に代つて金員で填補されたのであつて、本件土地の譲渡による所得ということになるのであるから前記の趣旨からすれば所得税法第六条一二号にいうところの非課税所得に該当しないものというべきである。しかしてチエは本件土地を譲渡し金一、五〇〇万円の所得を得たのであるが、その所得……収入すべき金額は、本件和解の成立した昭和三六年一月一二日あびこ会館が交換田地の取得代金又は損害賠償金としての引当金一、五〇〇万円をチエに対し預託しチエがこれを受領した時に既に確定したものといいうる。従つてチエは本件土地の譲渡によつて得た収入金額は金一、五〇〇万円であつたというべきである。この点に関する原告の主張は理由がない。

三、しかして、本件土地の譲渡による所得は前記のとおり金一、五〇〇万円である。またチエが元七に贈与したB土地は被告主張のとおり所得税法第五条の二により譲渡があつたものとみなされる。しかしてB土地の価額が金二、二七六、九六〇円であること、本件土地およびB土地の再評価後の取得価額がいずれも金二七、三六〇円であり、またチエが本件土地の譲渡経費として金七五〇、〇〇〇円を支出したことは原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

そうするとチエの本件土地およびB土地の譲渡による所得は総収入金額金一七、二七六、九六〇円から右取得金額合計金五四、七二〇円と譲渡経費金七五〇、〇〇〇円を控除した金一六、四七二、二四〇円となる。

よつてチエの昭和三六年度における総所得金額は右の譲渡所得から特別控除額金一五〇、〇〇〇円を控除した金額の十分の五に相当する金八、一六一、一二〇円であり、課税標準たる所得金額は右金額から基礎控除額金九〇、〇〇〇円を差引いた金八、〇七一、一〇〇円となる。

四、叙上のとおりであるとすると、チエの相続人たる原告に対し、チエの昭和三六年度分の所得税につき所得金額を金八、〇七一、一〇〇円、所得税額を金三、二二三、〇五〇円とした本件決定および無申告加算税賦課決定は違法ということはできないからこれが取消を求める原告の被告署長に対する本訴請求は理由がない。

第二、被告局長に対する請求について

原告の被告局長に対する審査請求棄却裁決の取消請求の理由は被告署長に対するものと同様原処分の違法を理由とするものである。しかるに行政事件訴訟法第一〇条第二項によると、本件のごとく処分の取消の訴とその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消の訴とを提起することができる場合には、裁決の取消の訴においては、裁決に固有の違法のみを主張すべきであり、原処分の違法を理由として取消を求めることはできないから原処分の違法のみを理由とする原告の被告局長に対する本訴請求は主張自体理由がなく失当として棄却を免れない。

第三、以上の次第で原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石崎甚八 裁判官 藤原弘道 裁判官 福井厚士)

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